リーグ終戦(12/4 神戸 0-4)2010年12月05日 19時38分18秒

 情けないリーグ最終戦に心底(しんそこ)ガッカリしました。
そりゃあ相手は降格正念場のヴィッセル神戸。死に物狂いでやってきますよ。でもね、神戸に勢いのある時間帯を凌げば、レッズのリズムで戦えたでしょう? もちっとマシに・・・
この試合、「凌ぐ」ための選手起用をしたのかが問題。
どうも「若手を鍛える」って結果になってしまいました。
CBで初先発の濱田水輝には可哀そうな洗礼でした。
2回の自身のミスが失点となり、彼、頭の中真っ白になってしまったことでしょう。このショックを踏み台にして成長して欲しい。
しかし、返す返すも暢久の出場停止の影響が出てしまいました。
 
 それにしてもだらしなかった。
川崎戦のあの迫力は、一体どこへ行ってしまったの?

ホーム最終試合・ポンテ退団・フィンケ監督退団
様々な要因に選手たちが余計な緊張をしてしまった、と監督がコメントした。そういうのってレッズのDNAなのかなあ・・・
ここって時にいつも力をが出ない。

 試合開始前には、ブラジル国旗が沢山振られていた。
ロビーデーになるはずだったのに、惨敗の結果がお別れセレモニーをしらけさせてしまった。

リーグ終戦 フィンケ退団2010年12月05日 20時15分27秒

 試合後の監督退団挨拶。いつもどおりに多くの言葉と説明で今日の負けた試合と、2年間で積み上げてきた成果を語った。
しかし、フィンケのこころの中は口惜しさの塊りだったと思う。
フロントは、監督へのリクエスト内容をもっと正確に、はっきりと示すべきだった。そして、必要な補強とマスコミやサポーターへの発信をしなくちゃならなかった。
 通訳兼任コーチのモラスさんが、いつもどおり歯切れのある通訳をした。しかし、ハナをすすり、涙をこらえての通訳だった。そのまま、フィンケの姿だった。
 いつの間にか、彼のパーソナリティが嫌われるようになってしまった。結果が出ないと「武士は黙って・・・」的な姿勢を是とする日本人たちは、説明する外国人を受け付けなくなっていった。

 もう少しフィンケのサッカーを、そして成長していくチームの姿を見てみたかった。
天皇杯で意地みせてくれ

リーグ終戦 ポンテ退団2010年12月05日 20時26分51秒

 試合後にポンテお別れセレモニーがあった。
5年半在籍。マリッチとやってきて、正月の天皇杯をチームにもたらした。
恐らく、浦和レッズでプレーした外国人選手の誰よりも大きな功績を残した選手で、これからも表れないと思う。

 サンキュー ロビー!!

後援会 大納会2010年12月05日 20時32分20秒

 社長挨拶があった。
hpに語られていた、そのまんま。
いい人なんだけどな・・・能力が?

レッズサポーター望年会2010年12月19日 20時39分13秒

 18日、マッチデープログラム編集長の清尾さんが主催する望年会に行ってきた。例年はスキーシーズンjが始まっているので、この会には参加できなかったが、今シーズンは雪も降らないし、家で雑用があって都合をつけることが出来た。
 レッズを語るメディア関係者、コラムニストは大勢いるが、賛否両論に対して公平をモットーとし、チームを家族のように見守り、時に厳しい分析を示し、試合に臨む我々を奮い立たせてくれる清尾さんのスタンスが
最も自分の気持ちに近い。
 「望年会」にはレッズ関係者は来ない。社長もGMも選手も誰も来ない。それでやることはクイズとジャンケン大会でグッズを獲得するだけ。
でもテーブルを囲んだサポーター同士で語り合う。隣近所や友人同士のように「レッズサポーター」という共通項だけで、旧知の仲のように交流が出来る。それだけで、3時間があっという間に過ぎた。

 犬飼さんの前の代表で、森GM・オフト監督体勢によりレッズ進撃の土台づくりを行った塚本さんが来ていて、ACL優勝後のチームをみて「伸びきってしまっている状態だから、これからどんどん新しい戦力を送り込んでいかないといけない」と、当時の藤口代表に伝えたそうだ。
その指摘は的中し、伸びきったままのチームは改善されずに2年前の悲惨な状態をむかえてしまった。
 そうして、再び土台作りの2年間だった。
塚本さんの話は、中々含蓄のあるものだった。

 望年会を運営するメンバーにロッソ・ビアンコ・ネロ(ホームゲームでビジュアルをやっています)の清水さんがいた。会の最後に正装の「はだか」で登壇し「自分にとってはかけがえの無いロブソン・ポンテとともに正月の国立まで行きたい」と涙ながらに訴えて、我々の胸を熱くした。
 正月の国立。行きたい。
ポンテのために、フィンケ監督の改革の成果を見せるために、選手たちの意地のために。